結婚式の招待状に入っていた、返信はがき。
御出席の御の字に二重線を引こうとして、定規がずれた。
新郎は、大学のサークルの同期。
二次会の幹事の欄には、元彼の名前が印刷されていた。
(彼も、来るんだ…)
別れたのは、おととしの春。
最後の一週間、私は毎晩、長いLINEを送り続けた。
八日目の夜から、どの吹き出しも未読のまま動かなくなった。
それから一年以上、ブロックは解けないまま。
はがきをポストに入れて、二週間。
夜のキッチンで、突然、スマホの上に彼の名前が浮かんだ。
心臓がどきりと跳ねて、スマホが手から滑り落ちる。
床の上で、画面に細いひびが走った。
ひびの向こうに、一年ぶりの彼の文字。
久しぶり。〇〇の二次会の幹事やってて、出欠だけここで聞いてもいい?
ブロックが外れている。
それだけで、その夜の私は、復縁の手前まで一気に駆け上がっていた。
ひびの入った画面を指でなぞりながら、二次会の帰り道まで想像した夜。
元彼がLINEのブロックを解除しても、それだけでは脈ありと言えない
解除は、彼の気持ちが動いた証拠に見える。
正直言って、あの夜の私は、それを一ミリも疑わなかった。
けれど、ボタンひとつの操作に、そこまでの重さが乗っているとは限らない。
ブロックの解除は、相手に知らされない
ブロックを外しても、相手に通知は届かない。
気づけるのは、彼のほうから何かが届いたとき。
または、こちらの新しい一通に、既読がついたとき。
返事の来なかった一年、週に一度はトークを開いて、あの未読の吹き出しを眺めていた。
彼から届いた一通の上には、一年前の私の吹き出しが並んでいた。
別れた春に送った謝りの一通が、未読のまま。
無視されていたのではなく、閉じられていた。
それがわかったのも、解除のあと。
ブロック中に送ったLINEは、解除されたあとも彼には届かない
ブロック中のメッセージは、解除されても、相手の画面には表示されない。
ややこしいのは、既読のほう。
解除のあとでやり取りが始まると、古い吹き出しにも既読がつくことがある。
一年前の謝りにも、既読がついていた。
読んでくれたんだと、ひとりで目をうるませた夜(泣)
それを打ち消したのは、画面を直しに行った携帯ショップの店員さん。
それ、たぶん読まれてないです。既読はつくんですけど、向こうの画面には出ないんで。
カウンターに置いた指先から、温度が引いていった。
まさか、謝りの一通が、一文字も読まれていないなんて。
裏を返せば、ブロック中の重たい言葉も、彼には何ひとつ届いていない。
それは、少しだけ救いでもあった。
解除は、通行止めの札が外れただけ
道をふさいでいた札が、ある日、外されたとする。
通れるようにはなっても、誰かが歩いてくる保証はない。
彼が札を外したのが、こちらへ来るためなのか、もう道を気にしないためなのか。
その違いは、解除の瞬間には、まだ見えない。
見えてくるのは、そのあとの数週間で、彼が何を送ってくるか。
だから、外れたとわかった夜に、答えを出さなくていい。
元彼がLINEのブロックを解除する理由
解除のボタンを押す理由は、人によってまるで違う。
修理を待つあいだ、その店員さんが、自分の経験を話してくれた。
連絡しなければならない用事ができた
意外と多いのが、用事のための解除。
共通の友達の結婚式、置いたままの荷物、貸したままのお金。
連絡しないと片づかないことができて、しかたなく外す。
私の元彼の解除も、二次会の幹事という用事から始まった。
ただ、幹事の連絡なら、グループを作って一斉に送ることもできたはず。
それでも一対一で送ってきた理由を、私はしばらく考え続けた。
店員さんに言わせると、用事は、外すきっかけとしていちばん使いやすいらしい。
理由があれば、外す自分に言い訳が立つんで。
本当の答えは、そのときは出なかった。
もう平気だと、自分に確かめたかった
店員さんは、元カノのブロックを、外したことがあるらしい。
別に、戻りたいとかじゃなかったんですよ。
ブロックしたままだと、まだ引きずってるみたいで、格好悪いなって。
男性の解除には、こういう、もう平気だよ、の確認もある。
続けて、店員さんは、少し照れたように付け足した。
本当に好きなうちは、逆に外せないです。外したら、絶対送っちゃうんで。
(じゃあ、解除って、脈なしのしるし…?)
解除が、気持ちの終わりを意味することもある。
そう聞いて、修理の控えを握る手に、力が入った。
相手を拒んだままの自分が、気になりはじめた
別れた直後の怒りが冷めると、ブロックが、自分の意地悪に見えてくる人もいる。
押したことを、子どもっぽかったと思い直す時期も、いずれ来る。
共通の友達の前で、顔を合わせる日が近いなら、なおさら。
連絡を断ったまま、大人の顔で会うのは落ち着かない。
この場合の解除は、謝りに近い。
ただし、連絡してくるかどうかは、また別の話。
あいさつ程度の一通が来て、それきり、という終わり方もよくある。
よりを戻したい気持ちが、少しだけ動いた
もちろん、気持ちが戻りかけて外す人もいる。
昔の写真が出てきた夜や、相手の近況を人づてに聞いた日。
指が勝手に、ブロックリストを開いてしまう。
それでも、解除までは押せても、送信までは指が進まない人が多い。
送れないまま眠った夜が、彼にもあったのだろうか。
そう考えると、あの二次会の一通も、少しだけ違って見えてくる。
ブロックしたのが自分のほうだった場合の、解除と連絡
立場が逆で、押したのはこちら、という場合もある。
解除して連絡したいなら、外す前に、自分に聞いておくことがある。
外す前に、押したときの理由を思い出す
まず、自分がなぜ押したのかを、思い出しておく。
寂しさに負けないためだったのか、彼の言葉が怖かったからなのか。
寂しさを断つためのブロックなら、外すかどうかは気持ちの問題。
怖さから身を守るための一押しだったなら、話は別。
その怖さが、本当に過去のものになったのか。
外す前に、信頼できる友達に一度話しておくのもいい。
解除しても、その間の彼のメッセージは読めない
ブロックしていたあいだに届いたはずのものを、解除してから読む方法はない。
謝りだったのか、怒りだったのか、ただの用事だったのか。
中身を知っているのは、送った彼だけ。
何を送ったの、と聞くのは、彼にもう一度、同じ言葉を打たせること。
届かなかった分は、届かなかったものとして受け止める。
こちらから先に送ると、閉じていたことは伝わる
解除して、こちらが先にメッセージを送ったとする。
彼の画面では、彼が前に送った吹き出しが、未読のまま残る。
店員さんいわく、そこで、だいたい気づかれるそう。
こっちが前に送ったのは未読のままなのに、向こうから急に届くんで。
それは、まあバレますよね!
ブロックを隠したまま、何もなかった顔で連絡するのは、むずかしい。
最初の一通で、ブロックのことに短く触れる
それなら、最初の一通で、自分から短く触れておく。
言い訳を重ねず、謝りは短く。
久しぶり。前に、こっちから連絡を閉じてしまって、ごめんね。
あのときは、そうしないと自分を保てなかった。
もしよかったら、また少しだけ話せたらと思ってる。
知らん顔で連絡が来ると、男性は、まず戸惑うらしい。
ひと言あるだけで、こっちも返しやすい、と店員さんも言っていた。
長い事情の説明は、会って話せる関係に戻ったあとで十分。
送ったあとは、返事がなくても、二通目を重ねない。
解除に気づいたあと、こちらから控えたいこと
この三つ、あの夜の私は、ひとつ残らずやった。
解除してくれたんだね、とは書かない
二次会の出欠を聞かれた夜、私が送った返事の一行目。
ブロック、解除してくれたんだね。
書いた瞬間は、素直な気持ちのつもりだった。
店員さんに話すと、うわ、と小さな声が返ってきた。
それ言われたら、ずっと見張られてたのかなって、ちょっと怖いっす(笑)
気づいたことは、胸にしまっておく。
あの夜の返事は、本当はこれで足りた。
久しぶり。二次会、出席でお願いします。幹事おつかれさま
聞かれたことに答えて、ねぎらいをひとつ添えるだけ。
それだけで、彼の側の気まずさは、半分くらいになる。
ブロックされていたあいだの気持ちを、まとめて送らない
一行目のあとに、私は一年分の気持ちを続けた。
ずっと待ってたこと、あの時は言いすぎたこと、また会いたいこと。
気づけば、親指で何度も送らないと読み終わらない長さになっていた。
(一年分なんて、一通に入るわけがないのに…)
今なら、書きたいことはメモに逃がして、送るのは三行までにする。
翌朝、届いた返事はこれだけ。
出席で了解。今回は、二次会のことだけで連絡したから。
その一文が、ぐさりと胸に刺さった。
はぁ…、送った長文を思い出すたびに、顔から火が出る。
一年ぶりの一通に、一年分の重さで返せば、相手は受け取りきれない。
店員さんも、僕でも用事だけって返しちゃいます、と言っていた。
ちょっと期待してても、そうなるんですよね、と小声で。
解除が続いているか、何度も確かめに行かない
返事を読んでから、今度は別のことが怖くなった。
また、ブロックされたかもしれない。
二度目を想像しただけで、胃のあたりが重くなった。
確かめたくて、用もないスタンプを送りかけた夜が、三回はある。
既読がつけば安心、つかなければ眠れない。
結果がどうでも、その一通は、彼の画面に余計な通知をひとつ増やすだけ。
確かめたい夜は、スマホを玄関の棚に置いて寝た。
ブロック解除のあとに出る、復縁の脈ありサイン
解除そのものより、そのあとに彼が何をしてくるか。
脈ありかどうかは、そこにしか出てこない。
用事が済んだとたん、話が閉じるなら
返事が、了解、で止まる。
こちらが話を広げても、彼のほうからは何も足されない。
細かい連絡は、全部グループのほうで済ませる。
こういう流れなら、解除は用事のためのものだった可能性が高い。
この段階で、こちらから距離を詰めにいかない。
用事に気持ちよく答えた人、という印象だけを残しておく。
結婚式が終わるまで、二人のトークもまさにこれだった。
二次会の彼は、幹事の仕事で会場を走り回っていた。
私も、乾杯のあとのグラスを手に、遠くから会釈しただけ。
結局、あの夜に交わしたのは、おつかれさま、の挨拶だけ。
用事のないLINEが、彼のほうから届く
式から二か月たった、冬の夜。
彼から、写真のついた一通が来た。
引き出物のバウムクーヘン、やっと食べた。これ、うまいな!
返す必要も、聞く必要もない一通。
目的のない一通は、送る理由が、相手そのものにしかない。
解除後のサインで、いちばん信じていいのは、これ。
あの店員さんも、用もないのに送るのは、男には勇気がいる、と言っていた。
うずうずする指をおさえて、返事は彼と同じくらいの長さにした。
わかる、外側のちょっと硬いところがおいしいよね
二往復で終わっても、それでかまわないと思えた。
付き合っていたころの呼び方が、また出てくる
何度目かのやり取りで、彼の文面に、昔の呼び方が一度だけ混ざった。
別れてからは、名字にさん付けだったのに。
その呼び方を見つけたとき、マグカップを口元で止めたまま、しばらく動けなかった。
本人が気づいているのかどうかは、わからない。
言葉の端に、二人でいたころの距離がのぞくのは、気持ちが近づいている合図のひとつ。
あの頃の口ぐせが、文面に戻ってくるのも同じ。
別れた理由に、彼のほうから触れてくる
年が明けたころ、彼のほうから、こんな一通が来た。
あの頃の俺、仕事で余裕なくて、話をまともに聞けてなかったな
別れた理由を、彼が自分の側から話しはじめる。
関係を、昔話ではなく、続きのあるものとして見ているから。
店員さんの言葉を借りれば、自分が悪かったって言えるのは、やり直したいときだけ。
こちらも責めずに、自分の側のことだけ返す。
ごめんね、私もあの頃は自分のことでいっぱいだった
謝り合戦にしないのが、ここでのコツ。
共通の友達を抜きにして、会う話が出る
二月、彼から、今度二人で飯でも、と届いた。
みんなで、ではなく、二人で。
最初の誘いが、みんなで、なら、彼はまだ間合いをはかっている。
共通の友達を挟まずに会おうとするのは、確かな前進。
会う日までのやり取りは、彼のペースより少しだけ控えめに返した。
会ったのは、土曜の夕方の定食屋。
話したのは、仕事のことと、新郎のスピーチがひどかったこと(笑)
付き合い直そう、と言われたのは、それから三回会ったあとだった。
今年の秋で、二度目の付き合いは半年になる。
この前、彼の部屋で、お茶うけを分けていたとき。
彼が、フォークを止めて言った。
幹事なんて、断ってもよかったんだけどな
どういう意味かは、聞き返さなかった。
あのブロックの話は、まだ、どちらからも持ち出していない。
バウムクーヘンを外側から一枚ずつはがして食べる癖は、一度目のころと同じ。