深夜一時のコインランドリーには、私しかいなかった。
乾燥機がごうんごうんと回るたびに、胸の中まで一緒にかき回される。
丸い窓の向こうで、私のシーツと一緒に回っているもの。
彼の部屋着だった、紺のTシャツ。
別れを告げられて、二週間。
洗えば何か変わる気がして、真夜中に家を出てきた。
膝の上のスマホには、彼とのトーク。
ブロック、の文字の上で、親指が止まったまま動かない。
(押したら、本当に終わっちゃう…)
押さなければ、今夜もまた、彼のアイコンを見に行ってしまう。
別れた後、LINEのブロックを押すか、押さないか。
その答えは、相手のためか、自分のためかで、まるで変わる。
別れた後のLINE、ブロックすべきか迷ったら最初に考えること
ブロックは、指一本で押せる。
けれど、押した理由によって、その一押しの重さが変わる。
ブロックは、相手を締め出すより、自分の指を止めるためのもの
アイコンが変わっていないか、ひとこと欄に何か書いていないか。
別れてから、私は一日に何度も彼のプロフィールを開いていた。
彼は何もしていないのに、こちらだけが勝手に傷ついている。
こういうときのブロックは、相手への攻撃ではなく、自分の指にかける鍵。
押す前に、一度だけ確かめておく。
これは、彼に何かを伝えるためか、それとも、私が見に行かないためか。
思い知らせるためのブロックは、相手に届かない
LINEのブロックは、相手に通知されない。
相手が気づくのは、何かを送ったあと。
いつまでたっても既読がつかないことに、引っかかったとき。
思い知らせたくて押したブロックは、相手が連絡してこない限り、何ひとつ伝えない。
伝わらない罰を、毎晩自分だけが握りしめることになる。
相手が気づくころには、こちらの怒りのほうが先に冷めている。
怒りで指が震えている夜は、押すのを朝まで待つ。
迷ったら、三つの質問で決める
押すか迷ったら、三つだけ自分に聞いてみる。
相手からの連絡に乱されているか、自分から覗きに行ってしまうか。
それと、片づけの用事が残っているかどうか。
ひとつ目に当てはまるなら、すぐに押していい。
ふたつ目なら、押すか、目に入らない設定にするか。
みっつ目が残っているうちは、押すのは片づけのあと。
ブロック、非表示、削除の違い
ブロックは、相手からのトークと通話が、こちらに届かなくなる設定。
非表示は、友だちの一覧から見えなくなるだけで、連絡はふつうに届く。
削除は、一覧から完全に消す操作で、ブロックか非表示をしたあとでしか選べない。
迷っているうちは、元に戻しやすい順に、非表示、ブロック、削除。
ブロックしても、思い出までは消えない
ブロックが止めるのは、これから届く連絡だけ。
過去のトークも、二人の写真も、こちらの手元にそのまま残る。
思い出の片づけは、ボタンとは別の仕事。
押せば楽になる、と期待しすぎないほうが、押したあとの夜が静かに過ぎる。
別れた後に、LINEをブロックしたほうがいいとき
迷わず押していい場面も、はっきりある。
責める連絡や、しつこい連絡が続くとき
別れ話のあとも、なぜ、どうして、が毎日のように届く。
返事をしないと、数分おきに通知が鳴る。
家の近くにいる、と書いてくる。
こういう連絡が続くなら、ためらう理由はない。
押す前に、もう連絡しないでほしい、と一度だけ文字で伝えておく。
その一行が残っていれば、あとで誰かに相談するときの記録にもなる。
届いたやり取りも、画面ごと保存しておく。
ブロックしたあとに相手が送ったものは、こちらには一切届かないから。
怖さを感じるなら、ひとりで抱えずに、家族や警察の相談窓口に話を通しておく。
見に行くのを、どうしてもやめられないとき
自分から見に行くのが、止まらない。
通勤の電車で一回、昼休みに一回、寝る前に三回。
見るたびに、何も変わっていないことに安心して、変わっていないことに落ち込む。
はぁ…とため息をこぼして、またプロフィールを開く。
通知も来ていないのに、何度も画面を点けては消した。
このくり返しから抜けられないなら、ブロックは、自分を守るいちばん短い道。
新しい恋人の気配に、心が持たないとき
別れて三週間目の夜、彼のアイコンが突然変わった。
海辺で撮ったらしい、誰かと並んだ後ろ姿。
画面を開いた瞬間、肩がぎくっと固まった。
(まさか、もう…!?)
その夜、私は初めて、ブロックのボタンを本当に押した。
相手の新しい毎日が、こちらの画面に勝手に流れてくる。
見たくないものを見ない自由は、自分で作っていい。
インスタやほかのSNSも同じで、ミュートにするだけでも、ずいぶん呼吸が楽になる。
会いたい、が届くたびに決心が揺れるとき
別れたはずの相手から、ときどき、会いたい、が届く。
返さないと決めていても、通知を見るたびに、決めたことがぐらつく。
戻るつもりがないなら、揺らされる回路ごと閉じていい。
期待の余地を残さずに終えるのは、相手のためでもある。
別れを告げた側でも、ブロックしていいとき
別れを切り出したのが自分でも、ブロックしていい場面はある。
話し合いが終わったはずなのに、もう一回だけ、が何度も届く。
罪悪感から返事をするたびに、相手の期待をまた育ててしまう。
この場合のブロックは、相手にこれ以上、望みを持たせないための線引き。
押す前に、これ以上は返せない、と一度だけ伝えておくと、相手も飲み込みやすい。
別れた後でも、ブロックしないほうがいいとき
逆に、押さないほうが自分のためになる場面もある。
返すものや、片づけが残っているとき
貸していた本、預けていた傘、二人で買った炊飯器の行き先。
私の場合は、乾燥機の中の、あの紺のTシャツ。
片づけの連絡が残っているうちに押すと、いずれ自分で解除する羽目になる。
ブロックするなら、最後の荷物が片づいた日に。
それまでは、通知を切るだけでも十分しのげる。
共通の友達や、職場でつながっているとき
意外と見落とされるのが、ブロックが効くのは一対一のトークと通話だけ、という点。
共通の友達とのグループでは、彼の発言もそのまま表示される。
仕事の連絡にもLINEを使っているなら、話はもっと複雑。
ブロックが、業務の伝達まで止めてしまうこともある。
グループで彼の発言を見るのがつらいなら、そのグループの通知を当分切っておく。
職場の相手なら、業務の連絡は会社のツールに寄せて、LINEとは分けておく。
こういう相手なら、ブロックより、見ない工夫のほうが暮らしは回る。
相手の家族ともLINEでつながっているとき
付き合いが長いと、相手の家族とLINEでつながっていることもある。
彼のお母さんから、季節のあいさつが届くような関係。
彼をブロックしても、家族とのトークはそのまま残る。
急に返さなくなるより、これまでのお礼を一度伝えてから、少しずつ間を空ける。
少しでも、やり直したい気持ちが残っているとき
ブロックは、相手から戻ってくる道まで、こちらの手で閉じること。
彼が後悔して何かを送ってきても、押しているあいだは受け取れない。
やり直したい気持ちが少しでもあるなら、押すのは見ないための設定まで。
押さずにおくことが、言葉にしない最後の伝言になる場合もある。
私が一晩に何度も解除した、あの夜の迷いも、根っこはここにあった。
ブロックの代わりに使える、LINEの設定
押すか押さないか、の間には、いくつか中間の選択肢がある。
通知だけを切る
彼からの通知が鳴るたびに、心臓が跳ねる。
それがつらいなら、その人のトークだけ、通知をオフにする。
メッセージは届くけれど、通知として画面に飛び込んでくることはない。
片づけの連絡を待つあいだは、これがいちばん無難。
Tシャツを返すまでの一か月、私もこれでしのいだ。
友だちリストから非表示にする
非表示にすると、彼の名前もアイコンも、リストの上から姿を消す。
ブロックと違って、相手からの連絡は受け取れるし、こちらからも送れるまま。
一覧を開くたびに彼のアイコンが目に入る苦しさは、これでかなり減る。
相手の表示名を、自分だけの呼び名に変える
LINEでは、友だちの表示名を、自分の画面の中だけで変えられる。
私は、彼の名前を、Tシャツ返却待ち、に変えた。
トーク一覧に出てくるたびに、恋人だった人ではなく、ただの用事の相手に見えてくる。
返却が終わった日に、表示名は、済、の一文字になった。
ホーム画面から、LINEのアイコンを遠ざける
設定より効いたのは、LINEのアイコンを、スマホの最後のページへ移したこと。
開くまでに三回スワイプするだけで、夜中の衝動はずいぶん弱まる。
人は、ちょっとの面倒に勝てない(笑)
トークを消すのは、いちばん最後でいい
トークの削除は、いちばん取り返しがつかない操作。
怒りにまかせて消したあとで、思い出の一行を探したくなる夜もある。
あの時トークまで消していたら、Tシャツの送り先を、彼に聞き直すところだった。
トークの中のアルバムやノートも、消す前に、残したいものがないかだけ確かめる。
消すのは、読み返しても何も感じなくなってからで遅くない。
ブロックするなら、後悔しないための手順
押すと決めたら、押したあとの自分のことも考えておく。
押す前に、残しておくものを確かめる
責める連絡が来ていたなら、その画面の保存。
返す荷物があるなら、送り先の住所。
共通の予定があるなら、その日の連絡手段も決めておく。
共有のアルバムに自分の写真が残っているなら、それも先に保存しておく。
押したあとで、やっぱり必要だった、と解除するのが、いちばん気まずい。
解除と再ブロックを、くり返さない仕組みを作る
正直言って、私は一晩で、ブロックと解除を三回くり返したことがある。
押して眠ろうとすると、頭の中で声がする。
もし今夜、彼から、やり直したい、が届いていたら。
ブロック中に届くはずだったメッセージは、解除しても、あとから受け取れない。
それを知っていたから、余計に指が勝手に動いた。
二時に解除して、何も届いていないのを確かめて、三時にまた押す。
結局、空が白むまで、押すのと戻すのの往復は終わらなかった。
朝、歯みがきをしながら見た自分の顔は、目の下が青黒くて、ひどいものだった(泣)
その朝からは、ブロックは外したまま、通知だけ切っておく形に。
迷いが残ったまま押すブロックは、解除のボタンとの綱引きになる。
押すなら、解除しにくい仕組みも一緒に作る。
LINEを奥のページにしまって、夜はスマホを寝室の外に置く。
それでも迷う夜が続くなら、まだ押す時期ではない、ということ。
共通の友達に、近況を聞きに行かない
押したあとで、共通の友達から、彼の近況を聞き出したくなる夜がある。
それは、ブロックの裏口から、自分で見に行くのと同じ。
友達に聞かなければ入ってこない話は、知らなくても困らない話。
別れ話がすんでいるなら、ブロックの予告はいらない
別れ際の最後に、ブロックするから、と送りたくなることがある。
でも、その一行は、相手の胸に、拒絶の印だけを残していく。
別れ話がすんでいるなら、押すことを、わざわざ知らせなくていい。
これ以上は返せない、と伝えるのと、ブロックするから、と予告するのは別物。
危ない相手なら、なおさら、予告は相手を刺激するだけ。
ブロックした側、された側の本音
押した側にも、押された側にも、言葉にしにくい気持ちがある。
ブロックされた男性が、思っていたこと
会社の既婚の先輩に、この話をしたことがある。
先輩は、昔の恋人にブロックされた経験があるらしい。
毎年送っていた誕生日のメッセージは、おめでとう!元気でね笑、の一行。
それが三年続けて未読のままでさ。四年目でやっと気づいた。
思わずぶはっと吹き出すと、先輩は、笑いごとじゃないよ、と言いながら自分も笑う。
でもさ、気づいた日は、正直ほっとしたんだよね。もう送っていいのか、毎年迷わなくて済むから。
ブロックは、された側にとっても、ひとつの区切りになることがある。
ただ、別れた翌日にいきなりだったら、それはそれでこたえた、とも言っていた。
押す時期によって、同じブロックでも、相手に残るものは変わる。
された側にできることは、ひとつだけ。
未読の数を、それ以上増やさないこと。
それと、押すなら誕生日の前にしてくれ、と先輩は真顔で付け足した。
届かないおめでとうを打つ側の身にもなってほしい、と。
ブロックした私が、一年後にしたこと
眠れなかったあの夜から一か月後、洗ったTシャツを郵便で送り返した。
ブロックを押したのは、その日の夜。
押した瞬間は、勝ったのか負けたのか、よくわからない気分だった。
今度は、解除したくなる夜は一度も来なかった。
一週間ほどは、指が解除のボタンの場所を覚えたまま。
三週間目のある朝、彼の名前を探さずに家を出ている自分に気づいた。
それから一年。
スマホの中を片づけていたら、ブロックリストに、済、の一文字が残っていた。
押したときの重さは、もうどこにもない。
そのまま、隣に並んでいた知らない業者のアカウントと一緒に、削除のボタンを押した。